宇都宮地方裁判所 昭和45年(ワ)177号 判決 1971年11月30日
原告
斎藤ハル
被告
宮本福弥
主文
原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
事実
一 請求の趣旨
1 被告は原告に対し金八九万〇、一〇〇円とこれに対する昭和四五年五月九日から完済まで年五分の割合による金員を支払え。
2 訴訟費用は被告の負担とする。
3 仮執行の宣言
二 請求の趣旨に対する答弁
主文と同旨。
三 請求原因
1 (本件事故の発生) 被告は昭和四五年一月一一日午後〇時一〇分ごろ自己所有の自動車(茨五に六八九六、以下被告車という。)を運転して宇都宮市平出町四五〇五番地先道路を茨城県に帰るため同市峰町方面に南進中前方不注意により同所を自転車に乗つて同一方向に進行し、十字路を右折せんとした訴外増淵善市に衝突し、同人を転倒させ同日午後一時八分死亡させた。
2 (被告の責任原因) 被告は被告車を保有し、自己のために運行の用に供するもので、自賠法三条の運行供用者である。
3 (原告の損害)
(1) (原告と増淵善市との関係) 原告は明治四二年五月五日生れて呉服商を営み、昭和三九年七月二七日から本件事故当日まで増淵善市と同棲し内縁関係にあつたところ、本件事故にあい、内縁の夫を失い、扶養を受ける権利を奪われ、物心両面に亘つて損害を蒙つた。
(2) (財産上の損害) 一〇〇万円
増淵善市は明治三六年九月八日生れの六六才であるが、健康体で、呉服など繊維製品の販売をなしており、月商約三〇万円であつて一か月の収益は八万円であつた。
原告は被告の本件事故により内縁の夫から扶養を受ける権利を奪われ、その損害額は扶養受給額一か年二〇万円の五か年分一〇〇万円である。
(3) (慰藉料) 一〇〇万円
原告は本件事故により内縁の夫を失い、精神的苦痛は甚大である。これを慰藉すべき額は一〇〇万円が相当である。
(4) (損害の填補) 一三〇万九、九〇〇円
原告は本件につき自賠費保険金一三〇万九、九〇〇円を受領した。
(5) (弁護士費用) 二〇万円
原告は被告に対し本件事故の損害賠償交渉を数回したが、らちがあかず、本件訴訟の提起を本件代理人増淵俊一弁護士に委任するに至つた。その契約によれば成功謝金一割である。よつて、被告に対し不当抗争による損害として弁護士費用二〇万円を請求する。
四 請求原因に対する答弁
1 第1項は認める。
2 第2項は認める。
3 第3項の(1)は不知。
なお、扶養の権利義務は相続関係と表裏の関係にあるから、死者の得べかりし利益を損害として請求する場合は相続法理により処理さるべく、死後もなお扶養の法理に従つて処理されるべきではない。
同(2)は増淵善市の年令を認め、損害額を争い、その余は不知。
同(3)は慰藉類を争い、その余は不知。
民法七一一条の慰藉料請求権は内縁関係にある配偶者にまで認められるものではない。
4 第4項は認める。
5 第5項は原告が弁護士に依頼したことは認めるが、その余は否認する。
五 抗弁
1 (免責の抗弁) 本件事故は、自転車で被告車と同一方向に並進していた増淵善市が急に右折したため、被告が急ブレーキをかけたが間に合わず、発生したもので、増淵善市の一方的過失によるものである。
2 (過失相殺) 仮にそうでないとしても、増淵善市の過失がより重大であるから過失相殺を主張する。
六 抗弁に対する答弁
1 第1項は否認する。
2 第2項は否認する。
七 証拠〔略〕
理由
一 被告が昭和四五年一月一一日午後〇時一〇分ごろ、被告車を運転して宇都宮市平出町四五〇五番地先道路を茨城県に帰るため同市峰町方面に南進中、同所を自転車に乗つて同一方向に並進し十字路よう交差点(進路左側道路は行き止まりになつている。以下同じ。)を右折せんとした増淵善市に被告車を衝突させ、同人を死亡させたこと、被告は被告車を保有して自己のために運行する運行供用者であることは当事者間に争いがない。
二 被告の免責の主張ならびに仮定的過失相殺の主張について検討する。
右争いのない事実に、〔証拠略〕を総合すると次の事実が認められ、右認定に反する部分は措信しない。
1 本件事故現場 本件現場は非市街地にあり、幅員九メートル、アスフアルト舗装の平坦道路で十字路よう交差点であり信号機はないが前方の見通しはよく、車の交通量は普通で速度制限は毎時六〇キロメートルである。
2 被告の行動 被告は昭和四五年一月一一日午後〇時一〇分ごろ、自動車三台を連ねて前日川治温泉で開かれた会議を終えて帰郷する途中、二台目の被告車を運転し、先行車との距離を約三〇メートルとり時速約六〇キロメートルで南進中、本件現場にさしかかつたが、四九メートル前方車道左側端を同一方向に、三〇センチ四方位の風呂敷包みを荷台にのせ小さな包みをハンドルにかけて自転車に乗つて進行する増淵善市を発見したが、一台目の先行車がこれを追い抜いたので、右自転車はそのまま並進するものと思い、約一六・二メートルに接近進行したところ、増淵善市は道路中央寄りに右折してきたので、急遽ハンドルを右に切つたが及ばず、被告車左前部付近を右自転車に衝突させて、同人をボンネツト上にはねて顛倒させて死亡させた。
3 増淵善市の行動 増淵善市は本件事故現場である十字路よう交差点の手前の道路左側端を南進中、右交差点を何ら右折の合図もすることなく越戸町方向に向けて道路中央寄りに右折したが、すでに一六・二メートルの至近距離に近接していた被告車の左前部付近に衝突して、顛倒し死亡した。
4 被告の過失と過失割合 右事実によれば、被告は大きな荷物をのせて自転車に乗つて同一方向に進行する増淵善市を四九メートル前方に認めたのであるから、かかる場合右増淵がいついかなる不測の行動に出るかも予測し難いのであるから、絶えずその動静に注意して適宜減速徐行したり警笛をならすなどの措置をとるべきであつたのに、一台目の先行車が無事その右側を通過したので右自転車もそのまま並進するものと軽信し漫然そのままの速度で進行したため本件事故は発生したもので、被告には、前方不注視の過失が認められる。もつとも右増淵も十字路よう交差点とはいえ信号機もないのであるから前後左右の交通情況を適確に確認のうえ右折の合図をするなどして右折進行すべきであつたのにこれを怠り、急に右折した過失が認められる。したがつて、被告の免責の主張はその余の点について判断するまでもなく理由がなく、本件事は被告と右増淵の双方の過失により発生したもので、その過失の割合は六(被告)対四(増淵善市)と認めるのが相当である。
三 原告は増淵善市の内縁の妻として本件損害賠償請求権があるか否かを検討する。
内縁の関係にある夫婦の生活は、その実体を見るに、法律上の婚姻に基づく夫婦生活と何ら異なるところはなく、相互に同居・協力・扶助し、生活費用を分担しつつ、生活関係を営んでいるものと言うべく、かかる実体からすれば、内縁の夫および妻は、その生活上右のような関係即ち扶養関係を相互に分担し合つているものと考えられ、内縁の夫又は妻の一方が死亡した場合には、それまでに内縁関係に基づく扶養の関係が現実に機能している場合には、相互に扶養の権利を持ち、義務を負う関係に立つものであり、かかる意味での扶養の期待・利益は扶養請求権として法的に保護すべく、かかる権利が第三者の故意・過失ある行為によつて侵害・喪失せしめられた場合には、民法七〇九条による不法行為が成立し、右扶養請求権喪失がその損害であると言わなければならない。かかる内縁の夫婦間の扶養関係は、法定の親子・夫婦間の扶養関係が終局的には相続関係に裏打ちされているのとは異なり、相続とは全く無関係な所に成り立つている権利義務関係と考えられる。従つて、内縁の夫婦の一方が死亡することによるそのいわゆる逸失利益には、右死亡を原因とする相続によつて相続人に帰属する利益部分とは別個に、生存する内縁の夫又は妻がそれから扶養を受けていた利益部分即ちいわば扶養請求権の喪失利益を包含しているものと考えられる。とすれば、生存する内縁の夫又は妻が、右のいわゆる逸失利益から、その扶養権喪失利益部分を損害の填補として未だ取得していない限り、不法行為者たる加害者には右利益部分を損害として賠償請求しうるものと考えられる。以上の説示のごとくであるから、これと相反する被告の主張は採用しない。
四 次にかかる権利の侵害によつて原告に生じた財産上の損害を検討する。
〔証拠略〕によれば、死亡した内縁の夫たる増淵善市の年収は二〇万円から三〇万円であり、その中から原告の扶養分が出ていたことが認められるが、他に原告の確定的な扶養分と認定するに足る証拠はない。又、増淵善市の年令が六六才であることは当事者間に争いがなく、〔証拠略〕によれば、同人は五、六年前に血圧関係の病気になつたことがあるが、その後回復し、事故当時は別段健康状態に異常はなかつたことが認められる。以上の事実および第一二回生命表によれば六六才の男子の平均余命は一一・二七年であるから、同人は右平均余命の範囲内で少なくとも更に五年間は稼働しえたものと考えられること、又、一般的な夫婦の生活水準から考えて、原告の扶養額は年二〇万円程度を下らないことが認められるから、五年間、一年の扶養額平均二〇万円としてその収入合計は一〇〇万円であり、これが原告の扶養分と認めるのが相当であるから結局、原告の扶養請求権侵害に伴う財産上の損害額は一〇〇万円となる。
五 次に、内縁の夫の死亡に伴う原告の慰藉料については、内縁の妻と言えども、その精神的苦痛は、事の性質上、法律上の妻と何ら差異なく、民法七一一条の準用ないし同七〇九条、七一〇条により、その慰藉のため損害賠償請求権を認めてしかるべきである。そして、本件の場合、内縁関係継続の期間は死亡前の約一〇年間であつたという特殊の事情があり、これとその他諸般の事情を勘案すると、その慰藉料の額は八〇万円と認めるのが相当である。
六 右両損害を合計すると一八〇万円となり、これが原告に生じた本件事故による損害である。右損害額を前提にして、被告主張の過失相殺につき、被害者たる内縁の夫増淵善市の過失をいわゆる被害者側の過失として、原告の過失と評価し、当裁判所が認定した過失割合六(被告)対四(被害者側即ち原告)を参酌すると、損害額は一〇八万円となる。
七 しかるに、原告は右損害の填補として、既に自動車損害賠償責任保険金として一三〇万九、九〇〇円を受領していることは当事者間に争いがないところであるから、右損害は全額右保険金により損益相殺として填補され尽したものと言うべきである。
八 よつて、その余の点について判断するまでもなく、原告の本訴請求は理由がないからこれを棄却し、訴訟費用の負担につき、民事訴訟法第八九条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判官 杉山修)